2012年01月29日

思えば遠くに来たものだ・・・

分からないものである。ずいぶん回り道をしてきたな。
でも、必然だったのかもしれない。

        *******

専業主婦だった・・・

42歳だった・・・娘はまだ小学生だった。

本屋で福祉関係の資格の本を手にとって・・・
自分の目指したい方向は、「社会福祉士」を取得することだと思った。
姑の介護をした経験から、
介護する家族の気持ちが分かってくれる人がいてほしかった。
そういう人になろうと思った。
間近にいる家族だからこその悩みを受け止める人になりたかった。

その当時は、まだ介護保険制度もなく、
施設の「相談員」が、主に家族の相談相手だった。
私は、ホームヘルパー2級資格は持っていたが、
福祉の世界のことはまだよく分かっていなかった。

「相談員」になって、孤独な介護をしている人の気持ちを受け止めよう。
私は、そう思った。
だから・・・・
「社会福祉士」になるために、まずは専門学校の通信課程を受験した。
専門学校に籍を置きながら、私は福祉の現場で働き始めた。
昨日まで・・・専業主婦だったのだから、
右も左もわからなかった・・・
それでも、子供たちの顔を思い浮かべて、がんばった。
仕事を覚えるのは遅かったし、なにをどうしたらよいのか分からない、
そんな出発だった。

休日は、通信課程のレポート書きのために図書館に通い、
喫茶店でこつこつ勉強した。

s-024.jpg


スクーリングのまとまった休暇は取れないので、
職場はスクーリングのたびに変わったっけ。
違う分野の施設に替わっていたので、
今にして思えば、自分の経験の厚みになっている。
なにが幸いするかわからないものだ。

私が「社会福祉士」資格を取得したときは、
ハローワークに行っても、「社会福祉士」の求職は無かった・・・
結局、老人の相談業務をするには、
「ケアマネジャー」資格が必要だった。

ケアマネ受験資格取得できるまで、私はヘルパー資格で現場で働いた。
最終的には、「介護福祉士」資格でケアマネ受験をしたのだが。

で、これからは、心の病の人たちが増えてくる。
老人介護といっても、認知症もあるし、軽いうつの方はけっこういる。
家族のなかには、精神障害の方もいる。
このごろそんな方々が増えてきているように感じていたので、
「精神保健福祉士」資格も取得した。

しばらくはケアマネとして働いていたが、法人の人事の事情で
現在は・・・・「社会福祉士」の仕事をしている。
老人の困り事全般の相談に応じている。
そう、、、「相談員」「相談業務」に就いたのだ。

周囲を見回せば・・・
福祉大学出身の若い人たちがほとんど。
私は、少し引け目を感じている。
しかし、その引け目を味方にしているようにも思う。
若くはないけど、若い人が知らない回り道もしてきたから・・・

自分の専門としては・・・
「精神障害の方への応援」が主になってきているように思う。
というのは、「アルコール依存症」の方や「薬物依存」「人への依存」・・・
出会う方々には、何らかの精神分野の関わりが必要だから。
もちろん、お年寄りの相談を受けていると、精神疾患の方が家族にいたり、
そんなわけで、「卵が先か・・・・」ではないが、
総合的に相談業務の範疇に入ってくるわけだ。

・・・で、
ずいぶん遠回りをしてきたようにも思うが・・・
現在私は、当初の希望通り相談乗務を行っている。

他人は・・・「社会福祉士」が最初の取得資格だと聞くと、
ちょっと、意外な顔をされたりするが。
「順番が逆じゃない?」と言いたげなんだけど、

それが私の来た道なんだから・・・いいんじゃないかな。
と、つくづく思う、今日この頃。







ニックネーム comorebi at 16:49| Comment(0) | TrackBack(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

あなたはあなたのままでいい

s-012.jpg

迷いの窓


s-014.jpg

悟りの窓


                    ・・・・・源光庵にて
ニックネーム comorebi at 15:56| Comment(0) | TrackBack(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月26日

「書く」ということ・・・芸は身を助ける

仕事柄・・・
日常的に書いている。
時には、電話を受けながら、
できるだけ多くのその人の情報を得るように。
時には、長い訪問の後で、
話し合った内容をメモを見ながら。
当然、メモをとっも良いかどうかを本人に確かめるが。

・・・そのメモがないと、かなりきびしい時もある。
誰がどう考えているのかを感じながら、話し合いに加わっていないと、
記録を残す時に話の内容が繋がらなくなってしまうから。
内容は、何度も同じことを繰り返していたり、
生活を改善するためには、どの制度を利用するかとか。
法律用語もでてくる場合があるし、
脈絡なく、昔の話がでてきたり。

要するに、何でもありなのである。

「支援経過」を残すことは大切な仕事である。
関わっている事例が、事故や事件につながった場合は、
警察署で事情聴取をうけることになるし、
支援経過を綴ったファイルは、そのまま証拠物としてコピーして渡す。

それにしても、
あまり普段はご縁がないような、警察署の取り調べ室で、
三時間以上もかかって、事情を聴かれていると、
どうも、「取り調べ」を受けているようで、
空間的な閉塞感とともに、いたたまれないような気持ちになる。
私が事件には直接関係ないのだが・・・
氏名、年齢、住所、家族、業務内容など、
事情を聞かれる側の情報は、事細かに聴かれる。


s-sakakibara 016.jpg


・・・この辺で「カツ丼」でも、なんて、
それは不謹慎な考えである。
取り調べてくれている巡査さんは、まじめに記録を取っている。
パソコン場面をにらみながら・・・

「書く」ことから、ちょっとはずれてしまったけど、
私が仕事で記録を残すということは、
「証拠を残す」ということである。
実際に、公判の場で証拠として使われるのだから。


    *******


そんな事情はあるにはあるが・・・
基本的に必要な内容のみを残すという行為の中で、
自分の感覚がでてしまうのである。
けっして、書くことを遊ぶということではないが、
妙に文学的な文章になってしまったり。

記録のスピードが速いと言われることもある。
私は、現場の様子を映像として記憶するので、
自分の中で、自然に現場の雰囲気を感じたままに書くことになる。
映像を文字の情報に変えるのだから、
慣れてしまえば、そう苦にはならない。
きっかけが書けたら、すらすらと記録は書ける。

それで、
そのような時に思い出すのは、「芸は身を助ける」という言葉である。
幼いときから、本が好きで、
小学生のころに、父親に「女工哀史」を買ってもらった記憶がある。
今思えば、ずいぶん背伸びした小学生なのだが、
自分としては、それが自然だった。

・・・・でも、今、「女工哀史を読め」と言われたら
たぶん、読むだけの根気はないだろうなぁ。


ニックネーム comorebi at 18:41| Comment(0) | TrackBack(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする